カテゴリ:韓国・済州島( 5 )

2010年 05月 24日
石のお爺さん
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トルハルバン
済州島の各所で見かける石像

どこかユーモラスでなごむ風貌の像である
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by jitetabi | 2010-05-24 18:44 | 韓国・済州島
2010年 05月 24日
民俗村
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済州島に三多という言葉がある
石、風、女だという
島は火山であった

三無という言葉もある
物乞い、盗人、門だという

家の前両側に杭を打ち
それに2~3本棒をわたしている
家に人がいるとその棒を片方おろしておき
家を留守にしているときはその棒を杭にわたしておくという

そんな話を聴いた
司馬遼太郎『街道をゆく28・耽羅紀行』にも書いてあった
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by jitetabi | 2010-05-24 13:13 | 韓国・済州島
2010年 05月 24日
漢拏山頂上
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2時間弱できつい登りから稜線に出る
雪原が広がる

頂上を遠望する
丸いドーム型だ

頂上へはこの季節立ち入りできない
花の季節にまた登ってみたい
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by jitetabi | 2010-05-24 09:39 | 韓国・済州島
2010年 05月 24日
雪の漢拏山
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雪の季節に済州島のハンラサンに登った
久しぶりの雪山
ゆっくりと雪を踏みながら歩く

登山道で、あるご夫婦と一緒になる
ソウルからだという
ソウルの人にとって
済州島は南国

雪は締まって快適に登る
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by jitetabi | 2010-05-24 09:13 | 韓国・済州島
2010年 04月 26日
済州島の山で思った
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2008年の年の暮もおしつまったある日、友人から電話が入った。
「済州島へ行かへんか。漢拏山へ登るねんけど。」という連絡であった。
「6人以上やったら安いねん。」という。参加することにした。
以前にも冬の漢拏山登山の計画があったが、計画だけに終わっていた。

年が明けて1月。いよいよ済州島への出発である。
メンバーは何度も一緒に旅をしている仲間である。
ブータンの旅、チベットの旅、そして数々の山々。

ブータンの旅は阪神淡路大震災の1年後だった。憧れつづけたブータン。
空港の町パロから首都ティンプー、そして東の端タシガンへ。
学生の頃からの憧れの国であった。
中尾佐助の『秘境ブータン』はボロボロになるぐらい何度も読んだ。
ブータンの王妃が京都の都ホテルに滞在中であることを
当時京大の学生だった本多勝一が情報をもたらし、やがて王妃に謁見することができた。
うす暗いホテルの階段をゴー(ブータンの男性の服装で日本の丹前によく似ている)姿の、
まさしくブータン人が降りてきて、
そのあとチベット服に身をつつんだ王妃が降りてこられたことが描かれている。
その時の情景を思いながら身震いをしながら夢中で読んだ。
そんな国を仲間と旅した。

チベットの旅も体力のいる旅であった。
ネパールのカトマンドゥを朝暗いうちに出て、中国領内の国境の町ジャンムーへ。
5,000メートルの峠を越えてシガツェ、ギャンツェを経てラサへ。
チベット高原をランドクルーザーで走る。
途中仲間の一人が高山病になるなど、心配事もあったが、無事にたどりついた。
シガツェはチベット第2の町で、スヴェン・ヘディンも100年前にこの地を訪れ、
タシルンポ寺でパンチェン・ラマ(ダライ・ラマに次ぐチベット第2位の高僧)に会ったそうだ。
ギャンツェはラサ、シガツェに次ぐチベット第3番目の大きな町だそうだ。
町の中心の丘の上にはギャンツェ城がある。そこはイギリスとチベットの戦争の舞台となった。

1903年ヤング・ハズバンド率いる軍とチベット軍が戦ったところだ。
チベットといえば、河口慧海だ。
経典の原本を求めてチベット人になりすまし、鎖国中のチベットへ入り、セラ寺で修行した。
若いころからの憧れの国へ仲間と行けたのは実に幸せなことであった。

関空を飛び立った飛行機は約2時間で済州島に到着した。
ホテルの付近の散歩と、ごちそうで、初日は暮れた。

2日目、目的の漢拏山登山である。
朝7時ホテル前に集合。まだ暗い。
朝食にアワビのおかゆと昼ごはんの海苔巻を買って登山口に向かう。
コースは登りはオリモクコース、下りはヨンシルコースだ。
登山口に近づくと道端には雪が積もっていて、登山口の辺りは雪原だ。
たくさんの人が入っているので雪は締まっている。アイゼンをつけて準備する。

韓国では、済州島の人はソウルに行ってみたいと思うし、
ソウルの人は済州島に行ってみたいと思うそうだ。
確かに北のソウルからみると済州島は南国なのだ。
今漢拏山に登っている人たちは、ほとんどが半島から来た人で、ソウルの人が多いようだ。
当たり前であるが、みんな冬装備である。

ドライバーが「では、帰りはここじゃなく、ヨンシルだからね。
予定は14:30。そこで待っていますから。気をつけて。」と言って見送ってくれた。
8:30。登山口を出発。快適に登っていく。
10:15。稜線に出る。
あと2.3キロ。途中、ソウルからだというご夫婦と一緒になる。
家族で登山を楽しむ人がたくさんいる。子供もいる。ちょうど、今冬休みだということだった。
11:30。休憩所に到着。
たくさんの人で賑わっている。
小屋ではインスタントラーメンを売っていて、行列ができている。
頂上へは行けず、登山者はここまで。あとは下るのみである。

さて、仲間たちはというと、だいぶん遅れているようだ。
私とはひとまわりほど年上の人たちである。
ブータンやチベットへ行ったころ、当時の仲間は今の私ほどの年齢のときだった。
10年が経ったのを実感する。
14:30。ヨンシルへ無事下りる。

こうして、楽しく仲間と旅をすることは、やっぱり楽しい。
さて、私が、この年上の仲間たちの年になってまた、漢拏山に登れるだろうか。
いや、登れるようにしておかなくては。
そして、夢は持ち続けたいもの。
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by jitetabi | 2010-04-26 21:07 | 韓国・済州島