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2010年 04月 27日
宮古島ポタリング旅
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妻は旅行が嫌いだ。結婚30年。泊りがけの旅行は2、3回。
この度も行くか行かないか、さんざん迷った挙句、
シーズンオフの2月、宮古島へ行くことに決めた。
しかも自転車を持って。
旅行社へ申し込んでから1カ月ほどの間、妻は毎日不安が先立ち、心配していたようだった。

とうとう、3日ほど前には胃痛を感じ、ほとんど寝込むような状態になってしまった。
旅行社にキャンセルを問い合わせると半額程度のキャンセル料が必要とのことだったし、
代わりに友人と行くことを考えたが、これも旅行社から飛行機の変更はできないとの返事。
しかし、さすがは主婦である。「もったいないので、がんばって行く。」と言う。
もし体調が悪ければホテルで寝ていてもいいし、ということで。

当日、早朝から、神戸空港に向かう。午前7時30分発ANA431便沖縄行きに乗った。
今回の旅行は自転車ポタリングである。
宮古島を自転車でのんびり、ゆっくり走ろうというものである。
のんびりする前に体調を崩したら何にもならないのだが。
しかし、飛行機が沖縄に着くころには、妻の体調も、気分もかなり改善されてきた。
いざ、出発してしまうと心配も吹き飛んだのだろう。主婦の本領発揮である。強いのだ。

那覇空港で乗り換えになる。ここではすでに気分爽快状態であった。うきうきしている。
ちょうど昼。宮古空港に到着した。
レンタカーの手続きののち、早速自転車を積んで西平安名崎へ向かう。
少し曇っているが、車を止めて自転車で走ってみる。感じる風が気持ちいい。
ここまでやってきた甲斐があったことを実感する。西平安名崎から池間大橋がよく見える。
長い橋が一直線に延びている。池間大橋を自転車で走ってみる。
車も少なく、下は青い海。快適に走る。沖には一隻の漁船。

橋を渡って池間島を一周する。走っていると、リゾート風の建物があった。
ここで、休憩にする。海を見渡したイタリアンのお店。
高台にあって、テラスで風に吹かれてコーヒーを飲む。なんともぜいたくな心地よい時間を過ごす。妻は、すでにこの旅行を楽しんでいる。
いつもそうだが、旅立ってしまうと元気になって、一番にその雰囲気を楽しむのだ。

さて、今日からの宿へ行くことにして、車で平良市内へ戻って宿を探す。
今回の旅行は最安値のツアーを選択していた。
どんな宿か、それこそちょっと心配しながらたどり着く。
想像していたよりも、まずまずのホテルではあった。まずまずひと安心。
しかし、その日からこのホテルは関西のある大学野球部の合宿場になっていた。
思わず「ええ!!」って叫んでしまった。
フロントの担当者がいたく恐縮している。
仕方なく部屋へ入る。夕方、続々と、むくつけき若者たちが練習から帰ってきた。
大騒動があるに違いないと思った。けれどもそれは杞憂であった。
彼らは礼儀正しく、挨拶も一人ひとりがしてくれる。
同じフロアーに大勢の若者がいたのだが、夜も騒がしくなかった。
指導者もきっちりと指導しているのだと思った。
もちろん、おそらく練習で疲れ果てていたこともあるのだろうとも思う。

翌朝、食堂での朝の挨拶が気持ちがいい。
長い間こんな気持ちのいい挨拶をしたことがない。
お茶碗にごはんをよそってくれたりした。

2日目の朝からは快晴だ。気温も24度か25度。2月のことなのに。
朝、フェリーに乗って隣の島、伊良部島へ向かう。伊良部島を自転車で一周の予定だ。
9時過ぎに伊良部島にフェリーは着いた。走り始める。快適である。
ところが、いきなり坂の上りである。
漕いで上がったものの、妻が息切れ、そして体調がいっぺんに悪くなる。
坂を上ってサバ沖ガー(井戸)のところで休憩するも調子が戻らず、
伊良部島の旅は中止にして、港へ帰る。

船着き場で話をしていた「おばあ」からパンをもらった。
「これ、伊良部のパンだよ。おいしいんだよー。」
「これ食べたら元気になるよ。」
「もっと買っとけばよかったねー。」
白いバタークリームがいっぱいのパン。

やさしさいっぱいだった。
でも、妻は食べられなかった。私がいただく。

宿へ戻って、車に自転車を積んで東平安名崎に向かった。
その頃には妻もまた復活していた。快晴の東平安名崎の頬に当たる風は初夏を思う。
何にもまして気持ちのいい風である。灯台に続く長い道を自転車で走る。
自転車を持ってきてよかったと思う瞬間である。
この気持ちよさを伝えるのが難しい。
「ぜひ、経験してください。」と言いたくなる。

駐車場でサトウキビジュースとしてサトウキビを絞ったジュースを売っている。
コップ1杯200円。汗をかいたあとに冷たいジュースがおいしい。
「はい、これサービス」って妻に、もう1杯。
みんな、やさしいねー。

この日は、近くのスーパーで食料を買いこみ、ホテルの部屋で食事。
これも旅行のひとつの方法だと思った。安くて欲しいものがお腹いっぱいに。

さて、最終日である。夕方の飛行機の時間までもう一度島めぐりをする。
もう一度最初の日に行ったレストランで風に吹かれたり、
きれいなビーチへ下りたり、博物館を見学したりして、早めに空港に行って、土産物をみる。
妻はもう、完全に元気を取り戻している。土産物をあれこれ思案している。何よりである。

不安先行で旅に出て、体調が良くなったり悪くなったりしたが、
心地よい初夏の風に吹かれ、青い透き通った海を見て、自転車を走らせた、妻と二人。
やってきてよかったなと思ったポタリング旅行であった。
私はもう、次のポタリング旅行を夢見ていた。
内緒だけれども。
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by jitetabi | 2010-04-27 13:32 | 宮古島
2010年 04月 26日
済州島の山で思った
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2008年の年の暮もおしつまったある日、友人から電話が入った。
「済州島へ行かへんか。漢拏山へ登るねんけど。」という連絡であった。
「6人以上やったら安いねん。」という。参加することにした。
以前にも冬の漢拏山登山の計画があったが、計画だけに終わっていた。

年が明けて1月。いよいよ済州島への出発である。
メンバーは何度も一緒に旅をしている仲間である。
ブータンの旅、チベットの旅、そして数々の山々。

ブータンの旅は阪神淡路大震災の1年後だった。憧れつづけたブータン。
空港の町パロから首都ティンプー、そして東の端タシガンへ。
学生の頃からの憧れの国であった。
中尾佐助の『秘境ブータン』はボロボロになるぐらい何度も読んだ。
ブータンの王妃が京都の都ホテルに滞在中であることを
当時京大の学生だった本多勝一が情報をもたらし、やがて王妃に謁見することができた。
うす暗いホテルの階段をゴー(ブータンの男性の服装で日本の丹前によく似ている)姿の、
まさしくブータン人が降りてきて、
そのあとチベット服に身をつつんだ王妃が降りてこられたことが描かれている。
その時の情景を思いながら身震いをしながら夢中で読んだ。
そんな国を仲間と旅した。

チベットの旅も体力のいる旅であった。
ネパールのカトマンドゥを朝暗いうちに出て、中国領内の国境の町ジャンムーへ。
5,000メートルの峠を越えてシガツェ、ギャンツェを経てラサへ。
チベット高原をランドクルーザーで走る。
途中仲間の一人が高山病になるなど、心配事もあったが、無事にたどりついた。
シガツェはチベット第2の町で、スヴェン・ヘディンも100年前にこの地を訪れ、
タシルンポ寺でパンチェン・ラマ(ダライ・ラマに次ぐチベット第2位の高僧)に会ったそうだ。
ギャンツェはラサ、シガツェに次ぐチベット第3番目の大きな町だそうだ。
町の中心の丘の上にはギャンツェ城がある。そこはイギリスとチベットの戦争の舞台となった。

1903年ヤング・ハズバンド率いる軍とチベット軍が戦ったところだ。
チベットといえば、河口慧海だ。
経典の原本を求めてチベット人になりすまし、鎖国中のチベットへ入り、セラ寺で修行した。
若いころからの憧れの国へ仲間と行けたのは実に幸せなことであった。

関空を飛び立った飛行機は約2時間で済州島に到着した。
ホテルの付近の散歩と、ごちそうで、初日は暮れた。

2日目、目的の漢拏山登山である。
朝7時ホテル前に集合。まだ暗い。
朝食にアワビのおかゆと昼ごはんの海苔巻を買って登山口に向かう。
コースは登りはオリモクコース、下りはヨンシルコースだ。
登山口に近づくと道端には雪が積もっていて、登山口の辺りは雪原だ。
たくさんの人が入っているので雪は締まっている。アイゼンをつけて準備する。

韓国では、済州島の人はソウルに行ってみたいと思うし、
ソウルの人は済州島に行ってみたいと思うそうだ。
確かに北のソウルからみると済州島は南国なのだ。
今漢拏山に登っている人たちは、ほとんどが半島から来た人で、ソウルの人が多いようだ。
当たり前であるが、みんな冬装備である。

ドライバーが「では、帰りはここじゃなく、ヨンシルだからね。
予定は14:30。そこで待っていますから。気をつけて。」と言って見送ってくれた。
8:30。登山口を出発。快適に登っていく。
10:15。稜線に出る。
あと2.3キロ。途中、ソウルからだというご夫婦と一緒になる。
家族で登山を楽しむ人がたくさんいる。子供もいる。ちょうど、今冬休みだということだった。
11:30。休憩所に到着。
たくさんの人で賑わっている。
小屋ではインスタントラーメンを売っていて、行列ができている。
頂上へは行けず、登山者はここまで。あとは下るのみである。

さて、仲間たちはというと、だいぶん遅れているようだ。
私とはひとまわりほど年上の人たちである。
ブータンやチベットへ行ったころ、当時の仲間は今の私ほどの年齢のときだった。
10年が経ったのを実感する。
14:30。ヨンシルへ無事下りる。

こうして、楽しく仲間と旅をすることは、やっぱり楽しい。
さて、私が、この年上の仲間たちの年になってまた、漢拏山に登れるだろうか。
いや、登れるようにしておかなくては。
そして、夢は持ち続けたいもの。
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by jitetabi | 2010-04-26 21:07 | 韓国・済州島